KYTの基本「4ラウンド法」とは何か
VR-learningの用途の1つとして考えられる、「KYT(Kiken Yochi Training)、危険予知訓練」。第1回に続いて、特別民間法人 中央労働災害防止協会(中災防)で安全衛生エキスパートとして活動している笹尾健臣氏から、KYTの本質について解説いただきます。
なぜ人は危険を知っていても事故を起こすのか
前回のコラムでは、KYTのゴールは「危険を当てること」ではなく、不安全な行動を具体的な正しい行動へと変容させることにある、という本来の目的について解説しました 。もちろん、設備や手順などの安全管理対策を盤石にすることは不可欠です。しかし、こうしたハード・ソフト面の対策のみで災害を完全に防ぐことには限界があるのも事実です。
では、その「行動を変える」ために、現場では具体的にどう取り組めばよいのでしょうか。今回はその方法を見ていきます。
製造業の現場では、設備の安全化や安全装置の整備といったハード面に加え、作業手順書の整備や教育の実施などソフト面の安全管理対策も、年々高い水準に引き上げられてきました。その結果、死亡災害は中長期的には減少傾向にあるのですが、一方で死傷災害は、近年むしろ増加傾向にあります。これは、「命は守れてきたが、ケガは減っていない」という、極めて重い現実を示していると言えるでしょう。
ソフト・ハードの安全管理対策がいくら充実しても、その現場で働くのは人間です。労働災害が減らない状況の背景にあるのは、人間の判断や行動特性にあり、KYTはその対策として役立ちます。
人は、危険を知っていても事故を起こすことがあります。分かっていても『今日は大丈夫だろう』と判断してしまいます。KYTとは、人間の弱さを前提に、事故が起きる前の行動を具体的にどう変えるかに向き合う訓練です。
危険そのものよりも、「人がなぜ不安全な行動を取ってしまうのか」というところに焦点を当てる点に、KYTの本質があるのです。
中災防が提唱する「KYTの基礎4ラウンド法」
ここで、KYTのことをおさらいしておきましょう。
中災防では、KYTの実務向けフレームワークとして、以下の「KYT基礎4ラウンド法」(以下、基礎4R法)を提唱しており、実際の現場でもこの基本構造が広く用いられています
・第1ラウンド:現状把握
写真・イラスト・実際の作業をもとに、この作業にはどんな危険が潜んでいるのかを、できるだけ多く洗い出します。作業の流れを頭の中でたどりながら、人がどの場面で危険に近づく可能性があるのかを考える段階です。
・第2ラウンド:本質追究
第1ラウンドで挙げられた危険の中から、特に重要と思われる危険、重点的に取り組むべき危険を絞り込み、「危険のポイント」とします。事故につながる可能性の高い行動や場面に焦点を当てることがポイントになります。
・第3ラウンド:対策樹立
絞り込まれた危険に対して、作業者がその場で実行できる具体的な行動に着目し、事故を予防・防止するための対策を考えます。ここでは設備対策ではなく、その場で実行できる行動に落とし込むことが重要になります。
・第4ラウンド:目標設定・確認(指差し呼称)
チームとして今日必ず守る行動を「重点実施項目」とし、それを実践するための具体的な「チーム行動目標」を設定し、さらに危険が解消された状態や危険を解消するための行動を「指差し呼称項目」として定め、現場での実践につなげていきます。
この基礎4R法で大切なのは、4ラウンドを実施すること自体が目的になってはいけないという点です。KYボードをきれいに埋めることがゴールではないのです。KYTの真のゴールは、不安全な行動を正しい行動へと変容させ、それを現場の習慣として定着させることです。その積み重ねこそが、作業に入る最初の一動作を、確実に安全側へと変えていくのです。

KYTの成果は「行動の変化」に表れる
つまり、その活動を通じて作業者たちの行動を安全側に変容させていくことが、KYTの重要な目的です。では、KYT活動の評価は、どのような基準で行うのが望ましいでしょうか。単に「毎日実施しているか」「決められた手順どおり進めているか」といった実施の有無だけでは、本来の目的に見合った評価とはいえません。
実施の有無だけでKYTを評価していては、本来見るべき変化を見失ってしまいます。同様に、労働災害の件数などでKYTの効果を評価することも現実的ではありません。災害の発生には、設備や作業内容、作業量、人員構成、作業環境など、さまざまな要因が複合的に関係しているからです。さらに、災害件数のような単純な指標でKYTの効果を測ろうとしても、「やっているのに成果が見えない」「意味があるのか分からない」といった受け止め方につながりがちです。見るべきなのは、災害という結果そのものではなく、災害を防ぐ力が現場に根付き始めているかどうかです。
KYT活動の効果を測る上で、実施の有無でなく、かつ労災件数などの間接的な結果でもなく、より適した指標を考えていくと、「人の行動がどう変わってきているか」が重要な観点になってきます。例として以下のような変化があります。
- 危険の指摘が、「バランスを崩す」など曖昧な表現から、「身を乗り出して前のめりになる」などの具体的な行動や状態を示す言葉に変わってきているか
- 作業前や作業中に、自然な声かけや相互確認が行われるようになっているか
- 省略しそうな場面で、一瞬立ち止まる行動が見られるようになっているか
- 指差し呼称が、「足元注意」といった曖昧な確認から、「足元障害物なし」などの具体的な状態確認として実践されているか
こうした変化は、災害が起きる前の段階で災害を未然に防ぐ力が、現場に育ちつつあることを示すサインです。
KYTの評価を「人の行動がどう変わってきているか」へと視点を移すこと、これができてはじめて、KYTは単なる日課や形式ではなく、災害防止につながる実践的な活動として機能し始めます。KYTの成果が見えにくいと感じるときこそ、災害という結果だけに目を向けるのではなく、現場の中で起きている小さな行動の変化に目を向けることが重要なのです。
日本独自の安全管理「職場自主活動」の歩み
――トップダウンとボトムアップの融合
日本における労働安全衛生は1970年代に大きな転機を迎えました。その独自の発展の原点は、当時の法整備という強力な「枠組み」と、現場から湧き上がったボトムアップの「安全活動(職場自主活動)」が劇的に融合したことにあったと考えています。
1972年の労働安全衛生法制定に向け、国と産業界のトップが開催した「労働安全衛生懇話会」では、生産組織と一体となった「全員参加」の活動や、作業者による「自主活動」の促進が合意されました。これが、後の「ゼロ災害全員参加運動(ゼロ災運動)」の考え方の出発点となりました。
さらに1973年、中災防が欧米に派遣した視察団により「先取り安全」という考え方が日本に持ち込まれました。この視察に参加していた旧住友金属工業(現:日本製鉄)和歌山製鉄所の労務部長が、ベルギーで目にした安全イラストをヒントに危険予知訓練(KYT)の原型を開発。これに中災防が「問題解決4ラウンド法」を組み合わせることで、1978年に「KYT基礎4ラウンド法」という具体的な実践手法へと体系化されたのです。
この体系化された「手法」が核となり、ゼロ災運動という大きな推進力と結びつくことで、現場の主体性を引き出す「職場自主活動」が本格的に動き出しました。 KYTが「ヒヤリ・ハット活動」や「指差し呼称」などと有機的に結びつき、日本の産業界に深く浸透していったのはこのためです。法の制定による安全管理体制の強化と、現場一人ひとりが主役となるボトムアップ型の活動が相乗効果を発揮したことで、日本の労働災害死亡者数を劇的に減少させる原動力となったのです。
一方、欧米では1970年の米OSHA法に代表されるように、『個別の規定がなくても、会社は職場のあらゆる危険に対して包括的に責任を負う』という厳しい法律が先に整いました。そのため、法的責任を果たすための合理的な手段として、リスクアセスメントなどのマネジメントがトップダウンで行われる傾向が強まったと言えます。近年、こうした欧米の安全管理においても、システムによる規律と現場の主体性をどう両立させるかが重要な課題となっています。
こうした「システムの規律」と「現場の主体性」をいかに調和させるかという世界共通の課題に対し、一つの解決のヒントとして再評価されているのが、日本が大切にしてきた安全への「向き合い方」です。
その象徴的な動きの一つが、現在、国際的な安全目標として注目されている「Vision Zero(死亡事故ゼロを目指す運動)」。その根底にある考え方は、日本で長年培われてきた「ゼロ災運動」の精神と深く通底しています。中災防が提唱したこの運動こそが、Vision Zeroの起源であると、国際社会保障協会(ISSA)も言及しており、日本の現場で積み重ねてきた安全への想いは、今や世界の共通言語となりつつあります。
欧米の合理的なリスク管理システムが主流となるなかでも、現場の当事者意識を引き出す日本ならではの考え方は、システムを補完する重要な視点として一部で参照され始めています。トップダウンの管理体制と、現場一人ひとりの行動を変えるボトムアップの主体性。この二つの要素を高い次元で調和させることは、現代の安全管理における普遍的なテーマと言えるでしょう 。

笹尾 健臣 氏
中央労働災害防止協会 安全衛生エキスパート
ANZENじゃぱん株式会社 代表取締役
総合化学メーカーでの設計・運転管理を経て安全衛生課長に就任し、KYTの全社定着を実現。中央労働災害防止協会では上席専門役として、上場企業を中心に研修・講演を多数担当。ゼロ災運動プログラム研究会の総括や教育プログラムの構築にも携わる。現在は、安全文化の定着を目的とした伴走型支援を展開。理論と実務を融合した実践的な指導により、多くの企業の安全レベル向上に貢献している。
https://anzenjapan.co.jp/- KYTは「危険当てクイズ」ではない
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