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2026.03.30

KYTは「危険当てクイズ」ではない

形だけで終わらせない、KYTの本質と目指す姿

 

VR技術を活用した現場教育コンテンツを自作できる現場作業トレーニング・システム、VR-learning。多くの企業や教育機関で採用され、多彩な用途でお使いいただいています。

このVR-learningの用途の1つに、「KYT(Kiken Yochi Training、危険予知訓練)」での活用があります。そこで本コラムでは、まずはKYTの本質を学んだ上で、その本来の意味でのKYTにVR-learningを活かすにはどのようにすればいいのか、5回シリーズでお伝えします。

お話を伺ったのは、中央労働災害防止協会(以下中災防)でご活躍され、現在は安全衛生エキスパートとして活動する笹尾健臣氏です。笹尾氏は、安全衛生セミナーの講師や、現地の安全指導などで多くの企業の現場を訪れ、KYTの実態を見てきました。今回は笹尾氏に詳しく解説いただきました。

毎日実施しているけれどマンネリ化しているKYT

多くの現場で「KYTは毎日やっているのですが、正直マンネリです」という声をよく耳にします。私自身も、毎日同じ内容が書かれたKYボード(想定される危険と対策(KYT)を明示・確認するボード)の前で、形式的に話し合いが進んでいる場面を何度も目にしてきました。形としては毎日実施しているけれど、本当に労働災害の抑止力になっているのだろうか、と疑問を感じることも少なくありません。

KYTは「危険を教える教育」にとどまるものではない

KYTとは、作業に潜む危険を事前に洗い出し、労働災害を未然に防ぐための訓練です。多くの職場で朝礼の際に実施され、主に作業の様子を示すイラストや写真などを元に、予想される危険について話し合うといった形態が多くみられます。

「どのような危険が潜んでいるか」という問いかけ自体は、KYTの基本的な進め方の1つであり、決して誤りではありません。しかし、目的や意図を十分に共有しないままだと、KYTは危険を見つけ出すこと自体が目的の訓練、いわば『危険探し』として受け取られがちです。その結果、どこが危ないかを当てることにばかり意識が向いてしまい、本来向き合うべき『人の行動』や『判断の背景』まで踏み込めないまま終わってしまうケースもあります。

このようなKYTの進め方の実態だけでなく、実際に使われているKYT教材に対しても、課題を感じる部分がみられます。教材の中には、最初から正解が用意されているものも少なくありません。こうした教材は、危険そのものを教える教育としては一定の効果があります。そのため、KYTが危険探しのゲームであるかのように認識している方も多いでしょう。しかし、KYTの本来の役割は、単に危険を当てることにとどまりません。

KYTには「危険を教える教育」とは異なる役割があります。むしろ、危険がある場所や内容を知った上で、現場で働く1人ひとりが不安全な行動をしないよう習慣付けていくことこそが、KYTに求められていることです。

KYTとは本来、不安全な行動を正しい行動へと変えるための訓練であり、その成果は現場での実践として発揮されて初めて意味を持ちます。危険を知る教育とKYTを混同するのでなく、意識的に切り分けた上で連携させることが重要になります。この切り分けが曖昧なままKYTを行っていると、いつしかKYTが『危険当てクイズ』に変容してしまい、行動を変えるという本来の力を失っていきます。

危険源が分かっているなら「潰すべき」

また、危険源がすでに分かっている場合には、それをKYTの題材とするのでなく、そもそも具体的な対策を講じるべきです。

KYTは、分かっている危険を再確認する場ではありません。既に危険源が分かっているなら、KYTの題材として繰り返し注意喚起を行って当てさせるのでなく、どうすればその危険を回避できるのかを考え、具体的な対策を講じるべきなのです。単なる危険当てクイズでは、職場が本来優先すべき具体的対応から意識を遠ざけ、人の注意や意識に依存した対応にすり替えてしまう恐れもあります。

危険源への具体的な対策としては、危険源をそのものなくすことや作業者が接触しないよう囲いなどの保護を設けること、危険を回避するための具体的な手順を作業手順書などで明示するなどが考えられます。これらの対策は、主に職場の管理者側が行うべきリスクアセスメントの範疇であり、現場の人たちが行うKYTとは役割の異なる取り組みです。

事故を起こすのは「不注意な人」ではない

現場で事故が起きるとき、「危険を知らなかった」「完全にサボっていた」というケースは、実はそれほど多くありません。圧倒的に多いのは、機械を操作しながらつい反射的に手が出てしまった、別のことを考えながら作業していてうっかり手順を飛ばした、長年そうしてきた癖で体が勝手に動いてしまった、急ぎの仕事が入って「ちょっとくらいいいか」と手順を省いた----そういう場面です。悪意も、大きな油断もない。それでも事故は起きる。これが「不安全な行動」の正体です。

しかも厄介なのは、こうした不安全な行動は本人には気づきにくいという点です。癖になっている動きほど、それが危険だと自覚しにくい。何度やっても事故にならなければ「これで大丈夫」と思い込んでしまう。だから同じミスが繰り返されます。「気をつけよう」という呼びかけだけでは根本的な解決にならない理由が、ここにあります。

だからこそ、KYTには「見える化」という重要な役割があります。仲間が「この作業、焦っているとつい近道してしまう」「反射的に変な体勢になることがある」と話すのを聞いた瞬間、「あ、自分もそれをやっている」と気づく。一人では絶対に見えなかった自分の行動が、仲間との対話の中で初めて浮かび上がってくる。この「気づき合い」こそが、KYTの場でしか生まれない力です。危険を「見える化」することで、人は初めて行動を変えるスタートラインに立てるのです。

人間というのは、危険が分かっていて、それを避ける手順が用意されていても、不安全な行動を取ってしまうことがあるのです。そういった人の心理や行動に目を向け、不安全な行動を正しい行動へと変えて習慣化させていくことがKYTで目指すべき目標です。なぜ人はその危険に近づいてしまうのか、といった行動の背景を洗い出し、再発を防ぐための場として使われてこそ、KYTはその本来の力を発揮します。

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KYTには一次と二次がある
(管理監督側が果たすべき責務と作業者の自主活動)

KYTには「第一次」と「第二次」という段階があります。「第一次のKYT」とは、管理監督者が中心となって行う安全管理の取り組みであり、労働安全衛生法をはじめとする関係法令で定められた安全衛生基準の遵守や機械設備の本質安全化(フェールセーフやフールプルーフ)、安全な作業標準の構築、そして安全衛生教育の実施など、職場の安全を確保するための基盤となる活動を指します。

先に触れたリスクアセスメントはこの第一次KYTの範疇に含まれる極めて重要なプロセスです。具体的には、リスクアセスメントを通じて「本質安全化」などのハード対策を優先的に講じ、さらに作業標準の構築や教育といったソフト対策で多層的に補完していく。

こうした取り組みによって、危険源を可能な限り取り除き、作業者が危険にさらされにくい環境を整えることが、まず優先されるべき安全管理です。

それに対し、多くの職場で実践されている一般的なKYTは、作業者が指示を受けた後に自らのミスや不安全な行動を防ぐために行う職場自主活動であり、これを「第二次のKYT」と呼びます。これは作業者自身が作業を頭の中でたどりながら危険を捉え直し、安全な行動を確認し合う取り組みです。

これら「管理側の責任である第一次のKYT(リスクアセスメントや作業指示)」と「作業者の自主活動である第二次のKYT」を混同している方が非常に多く見受けられます。リスクアセスメントとKYTの違いが判然としないと言われる背景には、本来は現場の気づきを引き出すべき「第二次」の活動を、管理者が一方的に押し付ける「第一次」のような形式で実施してしまっている、という実態があるのではないでしょうか。

第一次のKYTによって危険源への対策が講じられ、そのうえで第二次のKYTによって人の行動を安全側へと整えていく。この二つが適切に融合してこそ、KYTは本来の力を発揮します。

KYTは、安全管理の代わりになるものではありません。安全管理によって危険源を管理したうえで、それでもなお残る人の行動に関わる危険に向き合うための活動なのです。

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笹尾 健臣 氏

中央労働災害防止協会 安全衛生エキスパート
ANZENじゃぱん株式会社 代表取締役

総合化学メーカーでの設計・運転管理を経て安全衛生課長に就任し、KYTの全社定着を実現。中央労働災害防止協会では上席専門役として、上場企業を中心に研修・講演を多数担当。ゼロ災運動プログラム研究会の総括や教育プログラムの構築にも携わる。現在は、安全文化の定着を目的とした伴走型支援を展開。理論と実務を融合した実践的な指導により、多くの企業の安全レベル向上に貢献している。

https://anzenjapan.co.jp/
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